判例研究
会社の機密事項厳守義務は退職後まで及ぶか?
西部商事事件(福岡地裁判決 平成6年4月19日)
事件の概要:
金融業を営む会社の従業員が会社を退職する際に、会社の機密事項を厳守しこれを漏洩しない旨と、会社を退職してから3年間は会社と事業を競合する同業他社には就職しない旨を定めた機密保持及び競業避止契約を締結したが、従業員は退職後わずか4ヵ月余りで会社と事業が競合する金融会社の営業職として就職したことから、会社は会社の営業機密に係る不正行為等の差止め及び損害賠償を請求した。
判旨
- 会社と従業員の間における機密保持及び競業避止契約はそれ自体無効とまでは言えないが、従業員の従前の勤務形態からして会社の営業機密を不正に取得したとは言えず、また競業避止義務を、場所的に制限せず、しかも3年もの長期間競業他社への就職を制限することは、憲法で保障する職業選択の自由に対する不当な制約として公序良俗に反して無効と解される余地がある。
- また、従業員の年齢(41歳)や職歴(金融業一筋)からして他の業種への転職は困難な状況であることを考慮すれば、おのずと競業規制の範囲を限定して初めてその合理性が認められると解すべきである。
- 以上のことから従業員の競業他社への就職は、会社に対する関係でこれを禁止しなければならないほど顕著な背信性は伺われず、違法とはいえない。。
解 説:
- 我が国においては、従業員が会社の業務上の秘密を遵守すべきことを直接規定する実定法は存在しない。
- しかし過去の複数の判例によれば、労働関係において、労働者は労働契約存続中、使用者に対し労働契約に基づく附随的義務として、信義則上、使用者の業務上の秘密を守る義務があるとされている。(学説も同様の見解)
- 労働者がこのような秘密保持義務に違反した場合、使用者は、これを解雇の理由としたり、労働契約の債務不履行や不法行為に基づく損害賠償請求をすることもできる。さらに、秘密保持義務が責務として明確である場合には、その履行請求としての差止請求をすることもできる。
- それでは、労働契約終了後も労働者にこのような秘密保持義務があるのであろうか?
- 就業規則上の具体的な規定や個別的な特約により、労働契約終了後も一定の秘密保持義務が労働契約上約定されていたと認められる場合は、この秘密保持義務がその必要性や合理性の点で公序良俗に違反しない限り、当該義務の存在が肯定される。
- そのような規定や特約が存在しない場合には、秘密保持義務が存続するという説と解消するという説に見解が分かれている。
- このような状況の中で産業界における営業秘密の保護の一環として、不正競争防止法が平成6年に改正された。
同法では、労働者が使用者から取得または開示された営業秘密(同法2条4項で「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義)を、不正の競業その他の不正の利益を得る目的で又はその保有者に損害を加える目的で、使用し又は開示する行為は、労働契約の継続中及び終了後を通じ、不正行為の一類型とされている。
不正か否かは、以下の点を総合的に判断して行われる。- 当事者の信頼関係の程度(在職中か退職後か?労働者の受けていた処遇等)
- 保有者の利益(営業秘密の使用・開示により被る損害等)
- 労働者の利益(使用・開示を禁止されることによる不利益等)
- 営業秘密の態様(一般的知識との区別の困難性)
- 在職中の労働者の秘密保持義務は、不正競争防止法から生ずる秘密保持義務より広く捉えられている。すなわち、遵守すべき秘密の範囲は「営業秘密」にとどまらず、スキャンダル等財産的価値の低い秘密や、使用者から開示された秘密でなく自ら開発した秘密にまで及ぶとされている。
