判例研究
社外労働者に対する安全配慮義務
大石塗装・鹿島建設事件(最高裁昭和55年12月18日第一小法廷判決)
事件の概要:
建設会社Y1から鉄骨塗装工事を下請けしたY2塗装会社の従業員であったAは、昭和43年1月22日地上31mで塗装工事に従事していたときに地上に墜落し、即死した。
亡Aの両親X1、X2およびAの弟妹X3〜X7は、元請Y1・下請Y2両社に対して安全配慮義務の不履行ないし不法行為を理由として、亡Aの逸失利益の賠償、Xら固有の慰謝料、およびこれらの金員に対する事故発生日の翌日からの遅延損害金の支払いを求めて提訴した。
第一審判旨 (福岡地裁小倉支部判決昭和49年3月14日)
- Y2塗装会社と亡Aは直接雇用契約を結んでいたことからY2がAに対して安全配慮義務を負うことは当然である。
- 次に建設会社Y1と亡Aは直接雇用契約を結んでいたわけではないが、Y1とY2間の請負契約を媒介として、Y1とAの間に事実上の雇用契約に類似する使用従属関係があったと認められることから、Y1はAに対して安全配慮義務を負うことになる。
- しかし、Aは安全教育を受けていたにもかかわらず、命綱を外し、かつ転落防止のための養生綱を勝手に開いて塗料の補給を受けようとして転落死したものであることから、Y1らの安全配慮義務の不履行ないし不法行為責任はないとした。
第二審判旨 (福岡高裁判決昭和51年7月14日)
- Y1、Y2の亡Aに対する安全配慮義務の有無に関しては、第一審と同様その存在を認定した。
- Aが養生綱を勝手に開かないよう、Y1らが十分に安全配慮義務を尽くしたとは言えないが、Aにも不注意が認められることから亡Aの逸失利益については5割の過失相殺が相当とした。
- 慰謝料については、亡Aの両親X1、X2についてのみ各50万円を認め、弟妹X3〜X7の請求は棄却した。
- また、亡Aの逸失利益の認容額からX1、X2が支給を受けた遺族補償年金を控除した額および昭和51年1月21日から支払済までの遅延損害金を認めた。
最高裁判決・・・一部棄却、一部破棄自判
- 亡Aには本件損害の発生につき5割の過失があると認められる旨の原審の判断は正当である。
- 債務不履行に基づく損害賠償請求で履行遅滞となるのは、債務者が債権者から履行の請求を受けた時からと判断されるので、本件事故発生日の翌日から遅延損害金の支払いを求めているX1らの請求は認められず、履行の請求があった日 (本件では一審準備書面交付の昭和48年11月26日)以降分について遅延損害金請求を認容すべきである。
- 原審では慰謝料として亡Aの両親X1、X2 について各50万円を認容したが、安全配慮義務違反の債務不履行により死亡した者の遺族には固有の慰謝料請求権はない。
解 説:
- 安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定まってない債務であり、債権者から履行の請求(訴状の送達が多い。本件では一審準備書面交付の昭和48年11月26日)を受けたときに履行遅滞となる。
- 安全配慮義務違反の債務不履行により死亡した者の遺族は、固有の慰謝料請求権を有しない。
- 不法行為の場合には、履行遅滞に陥るのは損害発生時(本件では昭和43年1月22日)からであり、遺族固有の慰謝料請求権も民法711条に規定されていることから、本件判決は不法行為と債務不履行を峻別したことになる。なお、不法行為に対する時効は3年で、債務不履行は10年となっている。
- 本件判決によれば、本来直接の契約関係がない元請企業と下請労働者も、特別な社会的接触の関係に入れば安全配慮義務が適用されることになる。
- 特別な社会的接触の関係に該当するための要件は、契約類型の特定ではなく、作業の際の材料・機器・場所等の供与関係、労務に対する元請会社の指揮監督・命令の実体、提供された労務の性質・内容、事実上の専属関係あるいは賃金の支払方法等を総合的に判断して、元請企業と下請労働者の間に実質上の使用者・被用者と同視できるような「雇用契約(労働契約)ないしこれに準ずる法律関係」が存在することである。なお、特別な社会的接触の関係の立証義務は労働者側にある。
- 本件判決は、元請企業が下請労働者に安全配慮義務を負う法的根拠には言及していないが、最高裁がその判断を最初に示した事件に三菱重工神戸造船所事件(最一小判平成3年4月11日)があり、元請企業は下請労働者との間に特別な社会的接触の関係があったとの判断を示し、信義則上、下請労働者に安全配慮義務を負うものであるとした原審の判断を支持した。
安全配慮義務の法的性質
安全配慮義務の法的性質に関しては、次のような見解があるが、現在なお定説はない。
- 雇用契約ないし労働契約上の付随義務としての保護義務としてとらえる見解
- 労働者の生存権に由来する労働契約上の本質的義務とする見解
- 付随義務というより給付義務そのものであるとする見解
- 安全配慮義務者が相当な危険防止措置を講ずべき善管注意義務を負う「通常の安全配慮義務」と、万全の事故防止措置を義務者に求める、いわば結果責任に近似した義務としての「絶対的な安全配慮義務」に二分する見解
安全配慮義務の内容
基本的に次の3つの説がある。
- 業務の遂行が安全になされるように、業務管理者として予め予測しうる危険等を排除できるような人的物的諸条件を整えることに尽きるとする説(他の被用者が業務遂行上必要な注意を怠らないようにして、危険の発生を防止すべき義務までも含むものではないとする説)
- 1.の義務内容にとどまらず、使用者の支配管理をうけて業務に従事する者が、業務遂行上危険の発生を防止するために尽くすべき注意義務も安全配慮義務の内容になるとする説
- 労働者の業務中の活動全般にわたって、その生命・健康等の安全を確保することに向けられた使用者の本質的義務であり、労働者自身の過失、第三者の行為、不可抗力が介在する場合は別として、労働者の生命・身体に対する安全それ自体を確保すべき高次の義務であるとする説
安全配慮義務の違背によって問題となるのが労災補償ではなく損害補償であることを考えると、安全配慮義務を使用者の無過失責任に近いものととらえる3.説は必ずしも適切であるとはいえない。安全配慮義務の認められるべき根拠が使用者・国の支配管理作用にあることからいえば1.説を妥当とすべきであろう。
