判例研究
退職金を不支給とすることは可能か?
中部日本広告社事件(名古屋高裁判決 平成2年8月31日)
事件の概要:
中部日本広告社の元部長であった原告は、昭和61年2月28日付けで依願退職したが、会社は就業規則に規定する退職金の不支給条項をたてに全額不支給とした。
そのため原告は、退職金の支給条件が就業規則に明記されている以上、退職金は単なる恩恵的な給付とはいえず労働契約の一部であったとして退職金の支払を求めたものである。
判 旨(労働者側勝訴)
- 退職金制度の存在は、就業規則(退職金規程)を介して労働者との労働契約の内容になっていることは明らかであり、またその規程に基づく算式が、基準内賃金と勤続年数によって決定されるものであることを考慮すると、本件退職金の性格は従業員の継続した労働の対償であり、労働基準法の賃金の一種であるといわなければならない。
- 一方、退職金制度が使用者の任意的、恩恵的な給付を基礎として発達してきた経緯を考えれば、会社は退職金制度そのものを設けるか否か、設けるとした場合にその支給条件をどのように定めるかの裁量を有していることは明らかであり、これらの事実から本件退職金制度には功労報償的な性格のあることも否定できない。しかしながら、このような性格があるからといって本件退職金が完全に恩恵的給付となるわけではなく、労働の対償である賃金の性格を失うことにはならない。よって会社は所定の金額を支払うべき義務があるといわざるを得ない。
- また、会社の退職金規程には、「懲戒解雇の場合および退職後6ヵ月以内に同業他社に就職した場合には退職金を支給しない」とする不支給条項があるが、この条項そのものは無効であるとはいえず、同条項が働く場合には労働基準法第24条で定める賃金全額払いの原則の適用はないものというべきである。しかしながら、本件不支給条項が退職金の減額にとどまらず全額の不支給を定めたものであって、退職従業員の職業選択の自由に重大な制限を加える結果となる極めて厳しいものであることを考慮すると、同条項に基づいて支給しないことが許容されるのは、同規程の表面上の文言にかかわらず、単に退職従業員が競業関係に立つ業務に6ヵ月以内に携わったというのみでは足りず、会社に対する顕著な背信性がある場合に限ると解するのが相当である。
- このような背信性の判断にあたっては、会社にとっての本件不支給条項の必要性、退職従業員の退職に至った経緯、退職の目的、退職従業員が競業関係に立つ業務に従事したことによって会社が被った損害などの諸般の事情を総合的に考慮するべきである。
- 会社が本件不支給条項を設けた必要性について判断すると、被告程度の規模の広告代理業者においては、全国的に営業網を持つ広告代理業者と異なり、その営業活動は営業担当者と顧客との個人的な結びつきに依存している場合が多く、当該従業員が退職して同業他社に就職し、あるいは広告代理業を自営したりすると、その顧客も当該従業員の新たな就職先などに移転することが多く、それによって会社の営業成績も相当程度低下するおそれがあるため、退職従業員に対して顧客との関係がほぼ途切れると思われる退職後6ヵ月間に限って、会社との競業避止を求める目的で本件不支給条項を設ける必要性は認められるべきものである。
- 一方、退職に至った経緯および会社の被った損害の有無であるが、まず原告は支店長代理としての職務怠慢および会社で禁止されている取引行為により懲戒処分(降職、減給処分)を受け、次第に生活の維持に不安を覚えたことから最終的に退職を決意し、退職の直後から自らの生活を維持するために案内広告の受注を主とする広告代理業を営んだのものであり、自らの不相当な行為に起因するものとはいえ会社から一部違法な減給処分により事実上退職に追い込まれて自営するに至ったものと判断され、退職にあたり特に会社に損害を与える目的があったと認定することは困難である。また、会社の売上高の減少が原告の営業活動によるものとする客観的な事実認定が困難であることから会社にどの程度の損害を与えたかを明らかにすることはできない。
- 以上のことから、会社が原告に対して本件不支給条項を適用することは許されないものといわなければならず、同原告は退職金規程の原則に従って退職金請求権を有するものというべきである。
解 説:
- 一般的な会社の退職金は、前記の会社と同様に基準給与(基本給、退職金算定給等)と退職事由別の勤続年数に基づいた係数で算出されるケースが多い。この場合、判旨でも述べられているように継続した労働の対償とみなされ、賃金の後払いの性格を有することになる。いくら会社が退職金には功労報償的な性格があり、最終的な退職金額の決定権は会社に委ねられていると主張しても認めて貰うことは困難である。(一部限定的に認められる場合もあるが)このことは勤続年数に準拠した退職金制度である限り賃金の後払いの性格が優先されることを意味し、たとえポイント制退職金制度に置き換えたとしても何ら変わらない。
- 就業規則、労働協約、労働契約等に明記されているか、金額を算定する基準が定められている場合(たとえ慣行であったとしても)には、原則として会社はその定められた金額を支払わなければならない。しかし、退職従業員の会社に対する顕著な背信性(客観的事実として証明できなければならない)がある場合に限り退職金を不支給とすることができる。ただし、退職金規程にどういう場合に不支給(減額を含む)とすることができるかを明記しておかなければならないことはいうまでもない。しかも公序良俗に反するような内容(例えば、3年間は会社と事業を競合する同業他社に就職してはならない等)は無効とされてしまうので注意が必要である。
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